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BLOOD-Cとは何だったのか

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前書き

 本編製作者の方々とは比べるべくも無いですが、『BLOOD+』『BLOOD-C』の2作品のまとめサイト製作を通じ、作品に向き合う時間が他の視聴者の皆様より多少は長かった人間として、また、ネットでの動向・評判を継続して見守ってきた人間として、全12話が終わった今、総括的な意見を書かせていただきたいと思います。
 製作に携わっていらっしゃった方々、ならびに、この作品を盲目的に愛していらっしゃる方々にとっては、大変不躾な内容になりますことをあらかじめお詫びしておきます。
 いわゆる「ファンサイトの管理人」として、また「いいオトナ」として、「わりかし最低な行為」をしていることは重々自覚しております。ただ、「この記憶を書き残したい」という欲求はいかんともしがたいのです…。(文責:本サイト管理人)

目次

始まりは「ラスヴァン」(2000年)

 Production I.Gが有名になるきっかけになった記念碑的な作品『BLOOD THE LAST VAMPIRE』(2000年)。話の筋立てだけを見ると「無愛想でクソ強い謎の少女が等身大サイズの怪物を制服姿のまま日本刀で斬りまくる」という、今となっては身もフタもないモノなのですが…

  • 小夜のキャラ造形が斬新だった(「萌え」を真っ向から拒絶したタラコ唇の顔(寺田克也デザイン)、終始英語で会話し、年上のアメリカ人諜報員たちよりも老成しているという男前さ)
  • 一貫して英語で繰り広げられる会話(日本語字幕は出る)
  • 細部まで綿密に描き込まれたリアルな人物と背景
  • 計算し尽した音響・音楽・色彩設計による不穏な雰囲気作りの絶妙さ
  • 物語に最後まで一定の緊迫感を持たせ続けることができた脚本・演出の良さ

などなど、これまでの「いわゆる日本のアニメ」のイメージを良い意味で覆す、「洋画ホラー」テイストを大々的に取り入れたことが最大の成功要因と思われます。この作品は海外でも高く評価され、I.Gの名を一挙に世間に知らしめました。また、I.G自体が単独著作権を持つ、初の作品となりました。

土6のTVシリーズ『BLOOD+』第1話の衝撃(2005年)

 あまりにも実験的すぎて一作で終わると思われていた『BLOOD』ですが、これがなんとTVシリーズ化される!という話が2005年にファンの間に飛び込んできました。しかも放映時間は18:00で全4クールと聞き、初代ファンの多くが驚きました。あんな「スタイリッシュだけどグロ欝な話」を、なんでまたそんな時間にそんな長尺で?しかもスタッフはほぼ総入れ替えだと…?初代ファンたちは期待と不安の入り混じった気持ちで放映開始を心待ちに下ことと思います。
 そんな多くのファンの期待と不安を背負って始まった『BLOOD+』の第1話アバンはなんと!ベトナム戦争下での狂戦士化した黒小夜さんの、翼手も人間も見境ない『血みどろ★大・虐・殺』でした。夜の6時に家族と一緒に夕食を食べながら見ていた子供さん・親御さんたちは気まずい思いをされたことと思います。大変胸が痛みます。I.GとMBSはいったい何を考えてこのシーンを冒頭に持ってきたのでしょう。大変頭が痛いです。
 ただこの瞬間、『ラスヴァン』ファンの期待値はMAXまで上がったことは間違いありません。「俺たちのI.Gはタブーに挑戦してくれる!きっと土6なんていう時間帯でも硬派でオトナ向けのストーリー展開をしてくれるに違いない!」と。
 ただ、至極まっとうな反論として「いや、このままのノリでずっと続けてたら、いずれ視聴者やPTAから抗議が来て打ち切りだよ!」という声もありました。こういった心配は当然製作側もわかっていたようで、本作は第2話以降「ややグロながらも比較的ソフトな路線」を歩み始めます。
 視聴者の最初の期待は結局裏切られることになるのですが、序盤のインパクトの強烈さを引きずったままある種の期待を持って最終話までつきあってしまった初代ファンは当時かなりの数いたのではないでしょうか。(私もその一人です。)

さまよい続ける主人公「二代目小夜」(BLOOD+)

 さて、タラコ唇だけは先代を踏襲した『BLOOD+』版の小夜ですが、内面は初代とまったく異なり、「いやでござるいやでござる戦いたくないでござる病」に序盤から終盤まで終始一貫して冒され続けることになります。
 二代目小夜は「あたし戦えない」→「小夜、戦って(byハジ)」→(何かふっきれる)→「うん、わたしもう迷わない」→(何かショックな新事実発覚)→「やっぱりあたし戦えない」のループを一年間延々と繰り返すのでした。(終始一貫して決意がブレているため、キャラとしてはある意味ブレが無いとも言えますが…。)
 主人公がこんなだと、たいがいの視聴者はあきれて視聴を打ち切るところですが、なんとこの小夜、「低血圧や鬱気味のせいで学校や会社に行きたくないでござる」という女子の「あ、なんかあたしと似てるかも…」という妙な共感を(期せずして)得てしまいます。
 また、ディーヴァやそのシュヴァリエなどの豪華な敵役を始め、周囲のキャラがみんな立っていて、しかもその大多数が「小夜LOVE」だったため、視聴者女子が小夜に感情移入することによって「プチハーレム」気分を味わえたことも人気につながりました。なんだか「乙女ゲー」みたいですね。
 結局のところ本作は「全てを手放しでは褒められないけどなんとなく好き」という独特のファン層に支えられ、(視聴率的にはあまり振るわなかったものの)打ち切られることなく4クールを走りきります。また、DVDや解説本、コミカライズ版の売り上げもそこそこ良かったようです。
 『BLOOD+』の良かった点を上げると、以下のようになるでしょうか。

  • 小夜はずっとウジウジしてたけど、基本どこにでもいるような「素直で普通に良い子」であり、嫌味な部分が少なかったので感情移入しやすかった。声優のキタエリさんも初主演ながらとても一所懸命丁寧に演じていらっしゃったため、視聴者も主役を(多少のいらいらはあれど)それなりに気持ちよく見守れた。
  • 脇キャラ含め「根っからの悪人」はほとんどいなかったし、おのおのの行動原理にも矛盾や破綻が少なかった。
  • 外見・性格ともに個性的で魅力的なキャラが多かったので、それぞれのキャラに一定数の固定ファンがついた。
  • ストーリー的にはループが多い上、途中でダレる部分もあった(4クールは長すぎでしょ)が、解かれるべき謎に対しては徐々に明らかになっていった。張られた伏線もほとんど真面目に回収されたため最後までつきあった視聴者には「もやもや」が残らなかった。
  • 世界中を回る、「ロードムービー」「旅番組」的な面白さがあった。各国の風景や食べ物(これ本当に美味しそうでした)も丁寧に描かれ、鑑賞中は小夜ら一行と共に旅をしている気分が味わえた。
  • 雑魚敵である翼手にも、それぞれ「ある種の恐怖感」の演出がきちんとなされており、突然の襲撃シーンや虐殺シーンなども「安易な笑いに転化」などされることが無いように細心の注意が払われていた。これにより、本作は「ホラー作品」としての品質を最後まで保っていた。(これ重要ですよね。)

パチンコ業界への進出と実写映画化(2009年)

 2009年07月、タイヨーエレックよりパチンコ新機種「CR BLOOD+」シリーズが発表され、10月から全国のパチンコ店に並び始めました。この機種は魅力的なストーリー性もあって結構な人気機種となりました。また本作はI.Gが単独著作権を持つ作品だったことから、I.Gに多大な収入をもたらしました。なんとなくこのあたりから「オリジナルをやれば儲かる」という打算的風潮がI.G社内に徐々に芽生え始めたのではないでしょうか?
 パチンコ化が確定した2009年前後くらいから、新たなBLOODシリーズの企画模索が(恐らくパチンコ化も念頭に置いて)始まったのではないかと思われます。
 また、この年には香港・フランス合作の実写版映画「ラスト・ブラッド」もひっそりと日本で公開されます。本作品は前半で初代ラスヴァンのストーリーとカット割を愚直なまでに忠実にトレースしていること以外、特に語るべき点の無い「フツーの香港映画」なので割愛します。(ワイヤーアクションてんこ盛りの作品で、頭をからっぽにして観ればそこそこ楽しめますが、鑑賞後に何も心に残らないタイプの映画でした。)

そしてついに3作目『BLOOD-C』が発表に!(2011年)

 2011年春ごろより、「I.Gがついに『BLOOD』の新作を作るらしい。キャラデザはCLAMPらしい」という情報が流れ始めます。しかしここでネット上の意見は真っ二つに分かれます。

  1. 「やった!シリーズ3作目素直にうれしい。I.G.もBLOOD+での冗長さをやめて1クールで来たし、水島監督も有能だそうだからきっとテンポ良くやってくれる。CLAMPキャラはコードギアスでも成功したし。今回のキャラはなんかベタな感じもするけどまあまあ許容範囲内だよね。」
  2. 「最近のCLAMP作品のストーリーは一時期の質がとても望めない(「オチぶん投げ」も多い)。脚本までさせるのはどう考えても無理だ。原案くらいにしといたほうが無難。キャラデザもいかにもなCLAMPテンプレキャラで2010年代のアニメとは思えないほど新味に乏しい。コードギアス同様、もう少し別の人が手を加えたほうが良い。このままではひどいことになる。少なくとも俺は見ない。」

 このように、事前の下馬評が割れた『BLOOD-C』ですが、1作目のファンも2作目のファンも新規ファンもCLAMPファンも、なんだかんだ言いながら、みんなが期待と不安を胸に、第01話の放映を待つことになります。そして…。

ついに始まった『BLOOD-C』第01話、果たして…

 ついにその日がやってきました。「第01話の一般放送はニコニコ生放送の試写会が最速!」ということで、熱心なファンは「ニコ生」に詰め掛けることになります。放送直前に一般アカウントで入って満員で蹴り出され、慌ててぎりぎりのタイミングでプレミアム会員になって入れた人も多かったようです。(私もその一人でした。)
 新生BLOODの第01話アバンタイトルは、意味深な(初代を想起させる)場面を次々につなげたフラッシュバックシーンで始まります。画面にかぶさるのは、この作品のテーマに迫るナレーションと不穏な音楽。いやがおうにも期待が高まります。「俺たちのI.Gは今度こそ本当のハードボイルドを見せてくれる!時間帯も深夜だし、きっと思い切りオトナ向けのハードで硬派なストーリー展開をしてくれるに違いない!」
 そして始まるOPはイントロから何か期待感の高まるロックナンバー。登場人物たちのちょっとほのぼのした紹介シーンがしばらく続きますが、後半は梅津監督(ディレクション)×I.G.(作画)による流麗なシーンが次々と展開されます。赤い花びらが小夜の裸体から剥がれ落ちていくシーン、超高速で展開される殺陣のシーン、そして最後には何者も寄せ付けないかのような小夜のクールな微笑。何もかもが素晴らしく、作品の今後の成功は約束されたも同然に見え、ファンのテンションはかなり上がったものです。
 続く本編は、巫女姿の小夜が本殿で瞑想するシーンから始まりますが、ここでなんと!いきなりの「コケ」が入ります。今度の小夜はまさかのドジっ娘でした。「ズコー!」と視聴者も心の中で一緒にコケます。「CLAMPテンプレの純真無垢な天然・愛され系キャラか。食傷気味だなー」「いや、OPラストのクールな笑みからすると二面性を持ったキャラかもよ」等々、ニコ生の実況コメントでも考察が始まりました。
 父との会話、(これもCLAMPテンプレの)イケメンな優しいお兄さん(文人)との会話を経て、いよいよ学校への登校シーンが始まります。
 しかしここで視聴者は先ほどのコケもかすむほどの大きな衝撃を受けます。衝撃はまず耳から入ってきました。
 「♪今日は、いい天気〜♪」うわ何この娘、歌いだしたよ自作の歌を!しかも曲は幼稚園児が作詞作曲したレベルだよ!実況は阿鼻叫喚に包まれます。
 そう、今度のBLOODは「ハードボイルド」ではなく「ミュージカル」だったのです。今回の小夜は「天然」程度の生易しい性格ではなく、そのさらに斜め上を行く「お電波さん」だったのです。あ…あるぇー?
 ドン引きしている視聴者をよそに、話は進みます。一見和やかそうだけど無味乾燥で新鮮味の全く無いテンプレな級友たちとのテンプレな学園シーン。続いては(視聴者的には)理由もわからず戦いを強要されるという、理不尽な父娘の会話シーン。理不尽とも思わないでマジ顔で命令に従う小夜
 ただ、戦闘シーンは新鮮でした。祭られるはずの「地蔵」が敵になる不気味さ。水面をスーッと走る動きや、突然形態変化して襲ってくる純粋な怖さ。実際ネット上の評価は「地蔵怖ェェェ」「もう近所の地蔵を正視できない」「これきっと夢に出る」などの異様な盛り上がりを見せました。周囲の反対を押し切って地蔵を初回の敵役に据えた水島監督は慧眼だったと言えるでしょう。
 しかし、地蔵は(アニメ内では)何も悪いことをしていないのに倒されてしまった点、戦闘シーン以外は不自然で奇妙な演出てんこ盛りだった点など、視聴者は「この作品の今後に期待してよいのか?」という、なんとなく微妙でもどかしい状態のまま01話を鑑賞し終えることになるのでした。

BLOOD-C』第02話…恐ろしいものの片鱗を味わった…

 さて、1話切りしなかった視聴者は、それなりの期待を持って02話鑑賞に臨みます。最初のシーンで蝙蝠型古きものとの戦闘があり、お、いよいよ新展開かな…と思った彼らは、その後ポルナレフばりの恐怖に襲われます。
 ありのまま、そのとき起こった事を話します。『02話を観ていたと思ったら、いつのまにか01話と同じ展開になっていた』
 何を言ってるのかわからないと思いますが、我々も何をされたのか最初わからなくて、頭がどうにかなりそうでした。
 朝起きて、神社から出て、喫茶店によって朝食を食べて、歌いながら登校して、教室に着いてテンプレ級友とテンプレ漫才して、テンプレ不良は今日も愛想が無くて、テンプレ女教師はフェロモン振りまいてて、帰宅して、父様に「古きものを討て」と言われて、化物と戦って、軽くピンチになって、本気出してやっと勝って…。
 そう、なんと、02話01話の話の丸コピだったのです。
 「俺たちのI.G.はもしかしてエンドレスエイトをやろうとしているのか…?」
 しかも01話より敵がしょぼい。2010年代なのにそこだけ1970年代のレベルの造形。食虫植物と蛇をモチーフにした巨大な花ってベタベタですやん。しかも巨大なせいでギャグみたいになってしまってイマイチ恐怖感が伝わりません。
 1クールの連続アニメで「ツカミ」が大事な序盤にこんな捨て回を持ってくる製作陣に対し、ファンの一部は悲嘆に暮れ、一部はあきれ、一部は切れ始めます。ネット上では「2話切り」を宣言する者がかなり出始めました。
 その後も継続視聴し続けたファンの間においても02話の印象は薄く、2〜3週経つと「あれ?02話ってどんな話だっけ?敵どんなヤツだったっけ?」と(ネタではなくマジで)忘れ始めるものも出る始末…。
 また、02話以降、敵のデザインからどんどんリアリティや斬新さが失われていきます。造形が「まんが日本昔ばなし」か「ゲゲゲの鬼太郎」レベルになり、初代や『+』にあった恐怖や緊張感が薄れていきます。アクションをどれだけがんばっても、敵キャラのせいでどこか間の抜けた感じが付きまとってしまうのです。素直に「普段は人間の中に潜んで吸血する等身大の敵」にしたほうがよほど良かったのに…と今は思わずにはいられません。敵についての妙な捻りはこの作品においてはマイナス要素でしかなかったように思います。

BLOOD-C』第03話パン屋は犠牲になったのだ…

 03話まででかなりの視聴者を振り落とすことになった『BLOOD-C』ですが、がんばって見続けた継続視聴者をさらなる試練が襲います。
 今回もどこかで見たような朝食シーン、学校シーン、喫茶店シーン、と、日常描写はことごとく退屈な流れです。まるで80年代〜90年代のアニメを見ているのかのような新味に乏しい描写、テンプレな小夜の天然発言とテンプレ級友のテンプレな返しにいらいらした視聴者は多かったようです。
 2010年代のI.G.の作品として期待されるレベルを満たしていないと思われるこのアニメは、いったいどこへ向かおうとしているのか?初代や『+』に比べても明らかに退化しているようにしか見えない、この「つまらなさ」「心の動かなさ」は何なのか?失敗作なのか、わざとなのか、何か事故が起きているのか、視聴者の興味は徐々に作品から作品を取り巻く環境に向けられ、メタ化していきます。
 また、この回は「初めて一般人の犠牲者が出た」という記念すべき回だったのですが、ここで「小夜が犠牲者であるパン屋を平然と見殺しにした」としか思えない描写が物議をかもします。パン屋は「古きもの」である古い電車にふらふらと乗り込んで、その中で瞬殺されてしまうのですが、一部始終を見守っていたはずの小夜パン屋をまったく制止しなかった点、パン屋が死んだのを見届けた後、悠々と電車に乗り込み、死体を見ても微塵も動揺しなかった点などがネット上で批判にさらされます。「偵察要員としてわざと見殺しにしたのでは?」と。(実際、監督や脚本家の「いろいろな言い訳」を読んだ後で観返してみてもやっぱり「見殺し」にしか見えないので、ここは演出を失敗してるな、という印象を受けます。)
 この回の放映から1〜2週は、ネットでは主役の小夜よりもパン屋の話題のほうが多くなるという逆転現象が起きます。小夜は「今期アニメで最もdisられる主役」、パン屋は「今期アニメで最も哀悼される端役」として視聴者の記憶に刻まれることとなりました。
 また、今回の敵造形もひどいものでした。電車なら電車のままのほうが無機質な不気味さが出て怖いのに途中で中途半端にバクに変化しちゃったもんだから、最終的なイメージは「かわいくて間抜け」な感じになっていました。変化する必然性も視聴者には全く伝わらず、ただただしょっぱい感じを残しただけだったようです。

BLOOD-C』第04話…あのぅ…犯人わかっちゃったんですけど…

 03話でも視聴を切らなかった視聴者たち。この段階で踏みとどまった精鋭たちは、もはやまともに鑑賞することをあきらめ、だいたい3派に分かれて本作を「斜めから」楽しみ始めることになります。
 「裏設定を考察して真相を推理したり今後の展開を予想する考察派」「駄作であることは甘受しつつ、あえてツッコみどころを探して楽しむツッコミ派」「制作状況を心配しつつ監督・声優・作画スタッフの心労をしのぶメタ派」の3派です。
 このどれかの視点で見る限り、このアニメはどうにか視聴継続できるレベルでネタを提供し続けることになります。今回特に「考察派」が喜んだ部分としては、犠牲者の発言「話が違う!」です
 ただ、ここから「この世界は実は箱庭・実験場なのでは?」という疑惑が生まれます。「画面の視点=定点観測=カメラ」という指摘もこのあたりでなされ、黒幕もナレーション担当であるギモマス一択となり、比較的早い段階において、最終話のオチがだいたい「読めて」しまうというまずい状況となりました。
 これは謎解きを骨子とするミステリであれば致命的なミスなのですが、ここで視聴者は「経過と展開を楽しもう」と前向きに頭を切り替え始めます。また「あまりにも見え見えの筋立てなので、これらは全部『引っ掛け』で、実はどんでん返しがあるだろう。ギモマス一周回って実は味方だったとか」といううがった意見も一部に出始めます。
 「よく訓練されたアニオタは素直な一般視聴者と区別がつかない」の好例(?)が本作のファンだったと言えるでしょう。

BLOOD-C』第05話…ひょっとしてそれは…ギャグでやってるのか?

 04話で少し話が動いたせいか、ネット上は02話03話で離れてしまっていたファンの一部が出戻ってきます。継続視聴者はここでやや安堵します。
 今回の敵は待望の等身大キャラでした。市女笠をかぶって顔を隠した女性で、なかなか雰囲気があります。しかも結構な難敵です。配役の川澄綾子さんの声も凛としていい感じです。やったね。これまでの「出オチ要員」みたいな安っぽいデザインではなく真打ち登場だ。中身は美しき暗殺者に違いない!いやがおうにも期待が高まります。
 しかし水島監督はSっ気が強いのでしょうか。ここでも視聴者の期待を実に易々と裏切ってきます。
 笠を取った彼女の顔は…なんと「まんま目玉親父」だったのです。焦りと緊迫の表情を浮かべる小夜とは裏腹に視聴者はまた心中で思いっきりコケます。「ズコー!」
 おいおい水島監督はわれわれを笑かそうとしてやってんのかと。これはアザゼルさんの延長戦なのかと。また敵がギャグ要員やん。なんか微妙にかわいいやん。やっぱ出オチやん。
 「目玉姐さん」などという素敵なあだ名も付き、ネット上でネタ的にはちょっと盛り上がりましたが、初代・前作のファンの間には「これはあれだな。スタッフはホラーやる気は最初からゼロだな」とあきらめムードが漂い始めます。
 また、フェアリー風妖魔の登場はテンポを殺ぐだけで意味無しだったと思います。対処してる隙を目玉姐さんはなぜ突かないの?しかもさっきまで小夜苦戦してたのに赤目覚醒したら貫手で瞬殺とか何なの?と。この回あたりから、口の悪いファンの間で「パターン化した戦闘」を皮肉ったAAが出回り始めます。これがあちこちに張られて結構広まったところを見ると、同様の思いをしていた視聴者も少なくはなかったようです。
 そして学校では雨だからと唐突な怪談話。小学生みたいな行動の高校生たちに視聴者は唖然とします。そしてねね退場のために張ったベタベタな伏線…。2011年作品とは思えないくらいテンプレ過ぎる「フラグ立て」だよ。「俺、この戦争が終わったら結婚するんだ」と同レベルだよ。次の展開に完璧な予想がついちゃうよ。
 ただフラグ回収までの「間」は異常に短くて、そこはちょっと斬新でした。ただし敵キャラの造形は相変わらず響鬼もびっくりのテキトーっぷりだったので、視聴者の間では「もう敵の造形はあきらめよう。触れずにさらっと流そう。いちいちツッコむのも野暮だ」という暗黙の了解というか微妙な空気が流れ始めます。
 しかし今回のヒキはなかなか良く「小夜ねねを守りきれるのか?」という興味を残して終わったので、05話での脱落者は比較的少なくて済んだようです。ただし次回予告があまりにもバレバレだったので、ある程度の展開予想はついてしまいました。「よく訓練されたアニオタ」は推測力もまた高い存在なのです。
 そして次回予告の「一般人が次々に串刺しにされる映像」は新たなファン層を招き寄せる結果になります。そう、「リョナラー(グロ描写を愛してやまない人)」たちです。

BLOOD-C』第06話…「あさっての方向。」に全力で走り始める製作陣

 さて、第05話の引き方・次回予告が良かったため継続視聴者からかなり期待された第06話ですが、その出来は…?
 05話ラストから続いていた神社での戦闘は、結局いろいろ不自然な点が見え隠れし、もやもやの残る出来となりました。ねねをかばってゴロゴロ転がった後の小夜がずいぶんのんびり倒れっぱなしだったり、ねねも自分を身を挺して助けてくれた小夜を思い切り振り払って逃げ出したり(11話のネタ明かし後に見てもやはり変)。
 極めつけは、怪物から逃げて駆け込んだ本堂の中で、部屋の入り口近くにねねを配置したまま奥に刀を取りに行く小夜。しかも「お借りします」などと緊急時に言わなくてもいい断りをのんびり言っている最中にねね瞬殺。03話に続いて「小夜見殺し伝説」の補強がなされました。ねねの死に様も悪趣味なもので、悲惨さ・哀しさは無く後味の悪さだけが残りました。
 また、今回はねね死亡にとどまらず「誰が喜ぶのかよくわからない」街中の大量グロ虐殺シーンも登場しました。水島監督は「地上派放送ではボカシで見えていない部分も手抜きせず作画しています」とブログで得意顔ですが、正直ここの描写は一視聴者としては「稚拙」で「工夫が皆無」なものにしか見えませんでした。直接的な表現抜きで敵の怖さ不気味さを伝える方法はいくらでもありますし、そこに技巧を凝らすのがクリエーターとしての心意気になるのではないでしょうか?安易に直接扇情的なグロを描くのはただの思考停止であり、その方法論の上にいくら細部を綿密に描いたところで、結局それは手抜きと同じことではないでしょうか?「アニメ」でどれほど線を増やしてグロを描いても、結局はB級ホラー映画未満の安っぽい「絵」作りになることは避けられません。実際のところ、本作では怖さよりも先に滑稽さが目立ってしまいました。実況では爆笑して観ていた層も多かったようです。また、不愉快さも残しましたが、これはグロ自体の不愉快さよりも、自己満足で無意味な部分に執拗にこだわっている製作側への不快感も含まれていると思います。「もっと大事なことがあるだろう」というのもこの時期からネット上に増えた発言だったと思います。
 せっかく影法師の動き出し部分は地蔵に匹敵するほど不気味だったのに、その後の虐殺のせいで怖さが薄れてしまったのは実にもったいない。また、小夜影法師からののを救い出す際の日本刀での横薙ぎは、角度のせいもあってののを殺害しているように見えました。
 正直、本作品の『小夜』というキャラクターは、声優を除く全ての製作陣にディスられているような印象を受けます。まずメイン脚本の大川氏が小夜をいじめ抜き「不幸になるけども視聴者の誰からも同情されないような」巧妙な脚本を書き、それを水島監督や演出の方が全力で増幅する流れ。それを見た(普通の感性を持った大多数の)視聴者は「小夜って感情移入できないし、いてもいなくても変わらないよねー」と不快感や無意味感を(計算通りに)感じて離れていく。これで視聴率が取れると思うほうがどうかしています。
 その昔、高橋留美子先生が「自作のキャラクターは、実在しないものではあるけれど、自分が心血を注いで作っているので自分の子供も同然です。だから全員に幸せになって欲しい」と書かれていたのを雑誌のインタビューで読んだ記憶があります。高橋作品の場合は、それが読者にとって安心して作品鑑賞にのめりこめる作風を生み、「登場人物との一体感」につながったことで、読後に感じる爽快感や満足感が大きくなったように思います。「BLOOD-Cはホラーだから土俵が違う」という意見もあるとは思いますが、たとえホラーでも「誰一人感情移入できる人物がいない」ようなヒット作は皆無かと思います。
 せめて主人公(もしくは狂言回し的な役の人物)を「愛した」上で脚本を書いてほしかった。一人でもいいので視聴者が感情移入できる人物を作ってほしかった。舞台や大筋は比較的好みだったので、アレンジひとつでここまで(悪い意味でしか)印象に残らない作品になったことが残念でなりません。スタッフ一人一人を見るとそうそうたる経歴をお持ちの方ばかりなのに、どうしてこうなったのでしょう?(チームワークが…とは思いたくないですが) いちI.G.ファン、いちBLOODファンとしては大変悔しく悲しいです。(脚本の大川氏と水島監督の意図や目的は本作終了後の雑誌対談で明らかになります。しかしこれは病的で不健全な心理状態のまま発想され、充分な推敲無しに投入されたアイデアであるように思えてなりません。正直プロが書いた商業作品企画とは思いたくないようなモノです。※対談全文はファンブックに掲載されています。)
 ちなみにこの回で「本作は紙きれを破くのと同じレベルの気軽さでキャラを虐殺する作風である」と見抜いた考察派のファンからは「学園全員死亡エンド」「村人全員死亡エンド」という結末の予想が出てしまいます。周囲も「あーありうるね」というリアクションがほとんどでした。これ以降、鳩が見えたまま演者の手品に付き合う苦行が始まります。(しかしまだ考察派は過去の背景や因縁を想像して楽しむ余地が多少は残っていました。そう、あのときまでは…。)

BLOOD-C』第07話…「な、なんだってー!(驚愕)」

(本項は他作品のネタバレを含みます。嫌な方は回避をお願いします。)
 キャラクターやストーリーに関する魅力をあまり感じさせないまま、思わせぶりな回想シーンとセンセーショナルな絵づくりのみでだらだらと引っ張ってきた感のある本作。
 ここまで来ると、訓練されたネタアニメ好きやヤケクソでつきあっている人、(一応)謎が解かれることを期待して見続けている考察派の人ぐらいしか残っていない…と思いきや、第06話のアレで、「美人がひどい目に遭うのが好き」なリョナ属性の人や「血しぶき・臓物」が好きなグロ属性の人を呼び寄せ、視聴者層はどんどん怪しい方向にシフトしていきます。

 今回の冒頭。小夜の眩暈の中で、基地、電車、翼手といった「お約束の1stネタ」がまた登場し、考察派は一瞬喜びます…が、間髪置かずに彼らは絶望のどん底に叩き込まれるのでした。
 夜の境内に一人たたずむ小夜…そこへ例の犬が。そして…犬がしゃべった!
 犬(CV:福山潤)は唐突に自分の境遇を語り始めます。「願いを叶える店の」「…店主だ」。
 この発言でCLAMPファンが「…こいつってCLAMP原作の『xxxHolic』の四月一日じゃね?」と気づき、一般視聴者たちは阿鼻叫喚の地獄絵図に包まれます。「な、なんだってー!(AA略)」
 詳細は「犬の正体」ページに記載しますが、この展開はほとんどの視聴者にとっては全くファンサービスとはならず、「単なる製作者(脚本)の自己満足(オナニー)」「BLOODシリーズの世界観破壊」という批判が大半を占める結果となりました。
 「四月一日」というキャラはxxxHolic終盤に「大魔法使い」(笑うトコ?)に成長し、チート的に強大な能力を持った人物になっています。こういったチートキャラが物語に乱入することで、簡単にちゃぶ台返しができるので、伏線も何も関係なくなってしまう…ということで、今回で考察派の大半が脱落します。
 ちなみに2chのCLAMPスレなどでは「ウチの大川がそちらの作品に大変な粗相をして申し訳ございません…と関連スレ全部に謝って回りたいよ」という趣旨の意見が出て、周囲から結構な同意を得ていました。CLAMPファンにとってもこの状況は全く望ましいものではなかったことを事実として付け加えておきます。

 さて、物語は「ギモマスの異常なギモーブ推し」「日本刀を堂々と校内に持ち込んでも誰からもつっこまれない小夜」「先生のあまりにもベタベタな悪企み感」など、いやーな不穏さをはらみながら進行していきます。ここでギモーブコーヒーについては視聴者から「(人間か何かの)内臓と血では?」という推測がなされました。

 そして現れる今回の敵。一見難敵そうな鎧武者ですが、まさかの上半身肥大・下半身貧弱というギャグ体型。しかも腕六本。デザインだけ見てもなんだか妙な笑いがこみ上げてきます。その上自重で畦道をどんどん崩して行き、ついに小さい橋まで一人で崩して用水路に自滅落ちしてしまいます。…いったいなんの意味があるんだこの演出は…。(深読みすればサボタージュ、ボイコット、企画者・脚本家への抗議…と取れなくもないですが。)
 気まずさをごまかしつつ川から上がった鎧武者ですが、手加減しているとしか思えない斬撃をさんざん繰り返し、戯言を延々しゃべった後に「父の話を持ち出されて本気モードになった小夜の一突きであっけなく死ぬ」というお座なりな雑魚っぷり。終始間の抜けた映像が緊張感のあるBGMと全くかみ合っていません。今回で戦闘シーンに関してわずかに残っていた期待も雲散霧消してしまいました。
 戦闘後「怪物の死体から流れ出た血だまりに顔を近づけたとき、小夜が舌を出してすすろうとしている描写が水面に映っている」という伏線演出がなされました。考察派の中でぎりぎり残ったメンバーは涙ぐましい努力でこのシーンにすがります。しかし、そんな努力すらどうでもよくなる事件がまた起きるのでした。…あの回に。

BLOOD-C』第08話…人が死んでんねんで!

 第07話考察派の大部分が脱落し、いよいよ視聴者層はリョナラー、グロ好き、ネタアニメ好き、(悪口を言いたい)アンチ、などなどが大部分を占め、純粋なファンが少数派になるというカオスな状態に。

 冒頭。巨大な化物の死体に微塵も動揺せずに血まみれ小夜を後ろから抱きしめる時真はなかなかのイケメンっぷりです。ここに来てイケメン株急上昇。CLAMP作品では小狼の役回りなのかな、と皆が想像する名シーンです。(ちなみにこの時点で時真さんの中の人はオチを知ってて小夜の中の人は知らなかったのだそうですが、本当にそうだったとするとなかなかクるものがありますね…。)

 カフェ・ギモーブで何かを画策する父唯芳文人。倒れていた父の口元の血。ここで早々に論じ始める考察派の面々。この回で「文人と父が黒幕」「父も古きもの」というオチはファンにはほぼ確定事項となりました。

 そして、テコ入れというには余りにも遅すぎた小夜の入浴シーン。「幼稚で痛い娘」「自己意思無しのロボット」「見殺し非道女」「病んでる」「不自然」とここまでキャラ的に全くイイトコ無しのため萌え対象から大幅に外れている小夜(フィギュアがどこからも発売されなかったところが不人気っぷりを象徴しています)なので、ほとんどのファンからは裸シーンをスルーされるまさかの異常事態。しかも風呂場でまたハナウタ復活です。…人が死んでんねんで!空気読めへんにもほどがあるわー。視聴者はドン引き。またも小夜の好感度ガタ落ち。小夜は嫌われキャラへの道を一直線に邁進するのでした。脚本・演出でここまで徹底して小夜を貶める意味が本気でわかりません。

 翌日、校内に突如現れる古きもの。今度はタチコマ(攻殻機動隊)のパロディのような多脚蜘蛛…がま口のようなでかい口。紫のカラーリング…。敵キャラ造形には期待は無くなっていたにせよ、もう失笑するしかない状態です。そして始まる(予想された)校内大虐殺。小夜の凛々しいセリフ「私が皆を守る。もう…誰も死なせはしない!」も級友を5人以上見殺しにしてからの発言ではただただ寒いだけでした。
 純粋に話を楽しみたいファン層の気分はもはや敗戦ムード一色。しかし次回の大虐殺を予想し、リョナラーやグロ好きはどんどん集まってくる始末。監督は「笑えるホラー」を作りたかったのでしょうか…?

BLOOD-C』第09話…そして誰もいなくなった…

 そして始まる校内大虐殺。級友はどんどん死んでいきますが、ここまでに級友の紹介シーンが全く無かった(顔や名前がほとんど今回初めて出てくる人ばっかり)ため、視聴者は誰が死んでも不快感以外一切何の感慨も湧きません。モブに対する悪趣味な惨殺シーンが機械的に続くのを繰り返し見せ続けられるのは、一部のグロ好き以外には単なる拷問でした。また、小夜の行動でガラスが割れ、それが階下の生徒を直撃して死に至らしめたシーンも「小夜が殺してるやん」と批判の対象になりました。
 最終的には優花の死を見た小夜が覚醒し、今まで全く刃が立たなかった蜘蛛に対しいきなりスパスパ。…もう…いい…。これでクラスのほとんどが死に、現場にいた生き残りは小夜委員長だけとなりました。
 場面は変わり、夜の境内。一人たたずむ小夜の下を(なぜかサボっていたため難を逃れた)イケメンが訪れます。二人が喋っているところに刀を持って現れる父唯芳。「娘に手を出せば斬る!」的なこの図はちょっと笑えました。展開的にはこの後敵が現れるために持ってきたのでしょうが。
 最後に「母の名前が思い出せない」と混乱する小夜。ほとんど消滅した考察派でしたが、ここで「記憶捏造がされてて、ギモーブコーヒーがカギになってるのでは?」と推理を始めます。例のアレに関して以外は考察派の推測は基本的に極めて早くて的確だったと言えましょう。
 これ以降、一般視聴者はお通夜ムードとなり2chなどへの書き込みは減ります。変わってグロ好きの人の「もっとやれ」的な発言が本格的に幅を利かせることとなりました。まあ当然といえば当然のことですが…。

BLOOD-C』第10話…一体いつから……茶番劇ではないと錯覚していた…?

 前回に引き続き、場所は夜の境内。今回の古きものはマントを身にまとった死んだ魚のような目の美女です。やた!今回は強敵に違いない!声優もサトリナだし!マントの下の姿を期待してますぜ!→えへ。中身は背骨だけでした→視聴者一同ズコー!…もうヤダこのコンボ…。
 しかも怪物が繰り出す技はどこからどう見ても東方不敗の『超級覇王電影弾』…今回もまた「笑わそうとしているとしか思えない」衝撃映像の数々と、緊迫感あふれるBGMのズレっぷりがひどいです。
 そこに意味も無く現れる時真イケメン。お前じゃ役に立たな…と視聴者が突っ込む暇も無いほどに神速でパックリ喰われます。第09話でのモブ以下の速さでの退場っぷりに視聴者は度肝を抜かれ…るわけはなく、あまりのあっさり描写にあきれる人が続出します。ここまでのイケメン描写と伏線めいたものは全部無視かい!と。
 そして戦闘の途中に挟まれるギモマスと小夜との意味ありげな回想シーン。いや中身は別にいいんですがここ?ここに挟むの?無駄に戦闘のテンポ悪くしてるだけじゃ…。
 敵さんも回想中は攻撃するでもなく律儀に待ちぼうけ。そして回想から覚めた小夜は敵瞬殺(えー)。ここでも脚本・演出への疑問がまた噴出します。

 翌朝、突然カフェ・ギモーブに現れる筒鳥。彼女は小夜に保管庫の中を見たいと迫ります。そして保管庫の中で写本が新しいことを指摘する筒鳥。おう、いよいよここで探偵役の登場か?
 と、そこに死んだはずのねねののが現れ、自分たちは本物だと主張します。探偵役の筒鳥がクールに言い放ちます。「もうそろそろ終わりにしましょう…こんな茶番劇は
 ここで視聴者の99%がそのセリフに同意したといいます。「…そやな。お前(I.G.)がな。」

 考察派は「来週にはこれまでのもやもやを晴らしてくれるような素敵な解決があるに違いない!」な楽観派と「無理無理。ここまで脚本が粗すぎると回収もどうせ強引になる」という悲観派に分かれて次回予想を始めます。よもやその中で最もショボかった予想が当たることになろうとは、この時点の彼らにはわかるはずもなかったのでした…。

(この項続きます。徐々に更新される予定です。)
ここで更新が止まった理由も理解できる。

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